大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和52年(ワ)306号 判決

原告

吉井末夫

外二〇名

右原告二一名訴訟代理人

吉田孝美

岡村正淳

被告

浅田綾雄之祐

右訴訟代理人

菊池捷男

被告

柏崎漁業協同組合

右代表者理事

野田勘一

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張した事実

一  請求の原因

1  被告柏崎漁業協同組合(以下、単に被告組合という。)は、倉敷市玉島柏島五四三八番地に主たる事務所を置き、組合の地区を倉敷市玉島大字勇崎、柏島、阿賀先とする水産業協同組合法(以下、単に水協法という。)所定の法人たる漁業協同組合である。

2  原告らは、被告組合の正組合員である。

3  被告浅田綾雄之祐(以下、単に被告浅田という。)は、被告組合の組合員名簿に正組合員として登録され、被告組合の総会に正組合員として出席し、理事に立候補するなどしている。

4  原告らと被告らとの間には、被告浅田が被告組合の正組合員であるか否かにつき争いがある。〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

二1  次に被告浅田が昭和四七年一〇月頃から漁業に従事していないことについては当事者間に争いがない。従つて、被告浅田は水協法一八条一項に定める「組合員たる資格」を喪失したことになる。

2  しかし、左の理由により右組合員資格の喪失をもつて被告浅田が水協法二七条一項により被告組合から法定脱退したものとすることはできない(なお、弁論の全趣旨によると、原告らには被告浅田が正組合員としての地位を喪失した後も同人を准組合員として取扱う用意のあることが認められるが、被告浅田は全く漁業に従事しておらず、また水産加工業を営んでいないので、水協法一八条五項、二一条にいう准組合員の資格を有していないことになるから、同法二七条一項の適用がある限り、正組合員資格の喪失は直ちに法定脱退による組合員資格の喪失に結びつくことになる。従つて、本件の争点は被告浅田が法定脱退したか否かに限定される。)。

(一)  〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1) 被告組合は、岡山県倉敷市玉島湾の湾口部から西部にかけての地先海域に共同漁業権及び区画漁業権を有していたが、昭和四〇年一〇月六日、当時臨海工業地帯の造成計画を推進していた岡山県との間で、「(イ)被告組合は、その有する漁業権その他漁業に関する一切の権利を放棄する、(ロ)被告組合は、その組合員が有する漁業権または許可もしくは届出にかかる一切の漁業に関する権利の消滅について異議のないものとする、(ハ)岡山県は、右(イ)(ロ)に対する補償金として、金四億七〇五六万円を支払うこととし、内金二億三五二八万円を昭和四〇年一二月末日までに被告組合に交付する、(ニ)被告組合の組合員は、補償対象区域にかかる一切の漁業を廃止する、(ホ)右補償残金二億三五二八万円は工業用地造成完了前に支払う、(ヘ)右(ハ)の補償金の受領後、右(ホ)の補償残金を受領するまでの間、岡山県またはその指定する者が行う用地造成に支障がない限りにおいて被告組合またはその組合員の申請に基づき、岡山県はこれらの者の操業を承認することがある、その場合漁業の免許または許可の期間は一年とする、(ト)被告組合が将来下水島において、海苔養殖業を行う場合には、岡山県はこれに対し漁業の免許を与えることを考慮する。」旨の漁業権放棄に関する協定を締結した。

(2) 前記協定(ハ)の補償金は、昭和四〇年中に被告組合に支払われ、組合員に配分されたが、岡山県の前記工業用地造成計画が円滑に進行しなかつたため、被告組合は、前記協定に基づき従前の漁場につき期間一年の漁業の免許を受け、昭和四八年まで毎年右免許の更新を受けてきた。

(3) しかし、岡山県は昭和四八年に至つて前記協定を完結させるため、被告組合に対し、前記補償残金を支払うとともに右漁業の免許を更新しないこととし、昭和四九年三月末日をもつて漁業免許の更新を拒絶し、かつ、同年五月二九日頃までの間に補償残金二億三五二八万円を被告組合に交付した。そして被告組合は、これをその頃各組合員に配分した。

(4) 被告組合は、岡山県との間で前記協定を締結した当時、約二〇〇名の組合員を擁していたが、これらの組合員ほとんどは、協定締結後、被告浅田のように右協定に従い、逐次漁業をやめ他に転業していつた。

(5) しかし、組合員中、原告らを含む海苔養殖業者数十名は、昭和四三年頃から下水島地先水面で海苔養殖の試験栽培を始めてこれに成功し、昭和四五年からは被告組合が右区域につきた新に設定を受けた区画漁業権に基づき専業漁民として生活してきたが、昭和四九年度からは、岡山県により補償残金の支払が完了したことを理由に漁業権の免許の更新を拒絶された結果、順次転業をやむなくされ、現在原告ら約二〇名が従前の地先及び下水島において漁業権に基づかないで海苔養殖を行い、あるいは他の組合が漁業権を有する上水島に入漁することにより、漁業を継続している。

(二)  そこで、次に、右認定した諸事情のもとで、被告浅田のように漁業をやめ他に転業した者が水協法一八条一項に定める組合員資格を喪失したことに伴い同法二七条一項に基づき法定脱退したことになるか否かにつき判断する。

水協法は、漁業協同組合の正組合員から非漁民的色彩を排除し、もつて組合に対し漁民のための真の組織としての性格を付与し、かつこれを維持させることを目的とし、その一八条において組合の地区内に住所を有し、かつ、漁業を営み又はこれに従事する日数が一年を通じて九〇日から一二〇日までの間で定款で定める日数を超える漁民であることを、漁業協同組合の組合員たる資格として規定し、二七条において右組合員資格の喪失を法定脱退の事由として規定している。しかし、水協法二七条一項一号は、右目的からして組合が法一条の基本目的に副つてその活動を維持継続していることを適用の前提としているものと解すべきであるから、組合が解散された場合又はこれと同視し得べき特段の事由のある場合のように、組合がその活動を停止し、あるいは停止を既定のものとしてその準備段階にあるときには、組合の存続を前提とし、組合からの個別的離脱を規定している同条は適用の余地がないものと解すべきである。

そこで、本件についてこれをみるに、前示のように昭和四〇年一〇月六日に被告組合と岡山県との間で締結された協定により、被告組合はその有する漁業権その他漁業に関する一切の権利を放棄し、被告組合の組合員は補償対象区域にかかる一切の漁業を廃止することになつたのであるから、被告組合は右の時点で水協法の予定する目的を失うとともに、その組織の解消及び活動の停止を既定のものとし、その準備段階に入つたものと認めることができる(もつとも、前示のとおり、被告組合は右協定締結後も一年毎に漁業免許の更新を受け、一部組合員が漁業に従事していたものであるが、(一)において判示した諸事実に弁論の全趣旨を総合すると、これは右協定に基づき、埋立が完了し補償金の残額が組合員に配分されるまでの生活補償の趣旨でなされた暫定的な措置に過ぎないことが認められる。また、前示のように右協定においては下水島における海苔養殖のため被告組合に漁業免許を与えることが予定され、事実被告組合に右免許が与えられているが、被告組合の組合員が約二〇〇人であつたのに対し海苔養殖業者は数十人に過ぎず、右免許も補償金の完済とともに更新を拒絶されているのであるから、右事実をもつて組織体としての被告組合が補償金の完済後も存続することを予定されていたものとすることはできない。)。そして弁論の全趣旨によると、右のように事実上組合の解散に結びつくところのすべての漁業権を放棄する旨の決定は、組合を解散する場合と同様に組合員総会の特別決議に基づいてなされたものと認めることができるから(水協法五〇条、二、四号)、これをもつて組合員総会において実質的に解散の意思決定がなされたものとみることができる。従つて、本件においては、組合の解散と同視し得べき特別の事由があるというべきであつて、被告浅田が組合員資格を喪失したことをもつて水協法二七条一項により被告組合を法定脱退したものとすることはできない(なお、このように解すると被告組合は漁業に従事していないものが組合員の大半を占めることになるが、被告組合が総会においてその存続の意思決定をした場合、あるいは被告組合の活動から被告組合において解散の意思を喪失したと見ることのできる場合には、その段階から水協法二七条一項が適用されることになるから、本件紛争が解決すれば、漁業に従事していない者が大半を占めるといつた現在の不自然な状態は長く続かないものと考えられる。)。

三よつて、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(岡久幸治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例